臨床試験ルーレット:オーストラリアでの医薬品の特許取得は今や運次第

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Mylan Health Pty Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd1「Mylan v Sun Pharma」)の訴訟の判決が1年少し前に下されましたが、この判決の影響が徐々に明らかになり始めました。拒絶理由として、Mylan v Sun Pharmaの訴訟に基づいて、臨床試験活動を報告するウェブサイトの投稿が新規性を無効にすることを挙げる審査官が現れています。最大の懸念事項は、特許出願人の臨床試験の提案が、その出願人の特許出願に不利になる形で引用されることです。つまり、医薬品および薬学的方法の発明者は、自身の研究提案の詳細を公開する必要があるか極めて慎重に検討し、オーストラリア国内および国外での特許保護を正当に求められるようにバランスを取る必要があることを意味しています。なお、本記事で議論するように、研究提案の詳細はしばしば公開する必要があります。臨床試験を開始する前に特許保護を申請できない発明者は、発明者が公開した臨床試験プロトコルを審査中に発見し審査官が、関連性があるとみなすかどうか、一か八かの賭けに出ることになります。

Mylan v Sun Pharma訴訟の概要

Mylan v Sun Pharmaは、スイス型クレームにおける侵害を証明するには製造者の「客観的な意図」が求められる、という事実認定で広く知られています(これは弊所の以前の記事で報告されたとおりです)。しかしながら、現在まで、臨床試験報告書の開示に関する無効性が注目されたことはほとんどありませんでした。

最初の訴訟では、2Mylan社がSun Pharma社に対していくつかのフェノフィブラート医薬品の市場での販売に関する訴えを起こし、Mylan社の3つの既存の特許(豪州特許第731964号、豪州特許第2003301807号および豪州特許第2006313711号(「711号特許」))を侵害していると主張しました。訴訟手続きの一部として、公判裁判官はAccord Eye Study Protocol(ACCORDプロトコル)の公開を鑑みて、訴訟中の711号特許の治療方法クレームには新規性がないと判示しました。ACCORDプロトコルでは、160mgのフェノフィブラートを毎日投与することで、糖尿病性網膜症の治療に使用できるという仮説が立てられていました。この投与計画が後に711号特許の治療方法クレームの対象となりました。

Mylan社は上告で、これは考えられる治療に対する理にかなった仮説以上の何ものでもないと主張しました。しかしながら、オーストラリア連邦裁判所大法廷は次のように述べ、判決を支持しました。

「仮説を含む文書の開示が、発明の新規性のない開示にはなりえないという主張は認められません。そのような場合、端的に言うと、先行文書は何を開示しているのかという疑問が残ります。解釈の問題として、もしもその文書がいずれにせよ後で発明としてクレームされるものを開示している場合、その開示に発明の新規性がないため、その新規性が奪われることになります。」

裁判所は、発明が予期されるためには先行技術文献で治療効果が証明されることを示す必要があるというMylan社の主張ついては納得しませんでした。これらの主張は、英国での2件の判例に基づいています(Regeneron Pharmaceuticals Inc v Genentech Inc [2012] EWHC 657 (Pat)およびHospira UK Limited v Genentech Inc [2015] EWHC 1796 (Pat); [2016] RPC 1)。しかしながら、英国の判例は欧州特許庁の審判部の判例法に基づいて進められているのに対して、オーストラリア判例法に基づいて策定された原則では治療の成功の要件が授けられていないことを根拠に、この主張は退けられました。

公開に伴う問題

Mylan v Sun Pharmaで到達した見解の困難な点は、こうした臨床試験の実施者には、一般に公開されているデータベースに臨床試験を登録すべきだという期待がかかることです。臨床試験プロトコルの登録(およびその後の公開)が、優先日以前に公開された場合、将来の特許出願を無効にする可能性があることを踏まえると、次のような疑問が生まれます。登録は絶対に必要なのか?必要ならば、臨床試験を先に公開しても将来の特許出願を保護するための方法はあるか?

臨床試験を登録する必要があるか?

オーストラリアニュージーランド臨床試験登録機関(ANZCTR、Australia New Zealand Clinical Trials Registry)によると、臨床試験の登録は正式な法的要件ではありません。しかしながら、オーストラリアの規制当局は以下5つの主要なイニシアチブを通じて登録を強く支援していることから、大きな道義的責任があるように思われます。

  • ヘルシンキ宣言、3
  • 医学雑誌編集者の国際委員会(ICMJE、International Committee of Medical Journals Editors)、4
  • ヒト研究における倫理規範に関する国家声明(National statement on Ethical Conduct in Human Research)、5
  • オーストラリアの責任ある研究活動のための行動規範(Australian Code for the Responsible Conduct of Research)、6 および
  • オーストラリア薬品・医薬品行政局(TGA、Therapeutic Goods Association)のガイドライン。7

これらのイニシアチブの中で真っ先に挙げられたヘルシンキ宣言は、世界医師会(WMA、World Medical Association)によって策定された文書であり、ヒト被験者を含む医学研究の倫理規範の基礎となる文書として広く認められています。この宣言では、臨床試験の登録は必須であり、こうした登録には従うべき研究プロトコルの明確な説明が含まれるべきであると明確に記述されています。オーストラリア政府の臨床試験ウェブサイトでは、ヘルシンキ宣言について明示的に言及されていることから、ヘルシンキ宣言で記載されている方針を支持していることがわかります。8

医学雑誌編集者の国際委員会(ICMJE)は、ヘルシンキ宣言を支持し、最初の参加者が参加する前に臨床試験が一般に公開されているデータベースに登録されていなければ、その公開は検討されないと述べています。ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(New England Journal of Medicine)、ザ・ランセット(The Lancet)、ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション(Journal of the American Medical Association)、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical Journal)などの大きな影響力のあるICJME加盟ジャーナルに加えて、さらに6,400ほどの学術雑誌がICMJEのガイドラインに準拠することを明言しています。

こうした意見は、臨床試験を実施するすべての研究者が制約されるヒト研究における倫理規範に関する国家声明およびオーストラリアの責任ある研究活動のための行動規範(2018年)に付属のガイドラインの両方でさらに強化されています。国家声明で提供されている指針は明確です。

「将来的にヒトの参加者またはヒトの集団を1つ以上の健康関連の発明に向けて割り当て、健康結果に及ぼす影響を評価する予定の研究プロジェクトについて、研究者は、最初の参加者を採用する前に、このプロジェクトを臨床試験として、国際規格(世界保健機関(WHO)の国際臨床試験登録プラットフォーム(ICTRPInternational Clinical Trials Registry Platform)の情報を参照)に準拠する一般に公開されている登録簿に登録する必要があります。」

さらに、「未承認」の治療法を使用した臨床試験に関するTGAガイドラインでは、当該治療法の使用は治験届(CTN、Clinical Trials Notification)または臨床試験承認(CTA、Clinical Trials Approval)スキームを通じて実施する必要があることが求められています。オーストラリアにおける薬品・医薬品に関する法令では、どちらのスキームでも、薬品・医薬品の使用は、他の要件の中で特に、ヒト研究における倫理に関する国家声明に遵守することが要求されており、この声明では上述のように臨床試験の登録が明示的に支持されています。 最後に、ANZCTRによると、倫理委員会は、倫理審査の承認の要件として、(最初の参加者の登録前の)予備的な登録をますます要求するようになっています。9

総合的に、臨床試験を登録しないと、主要学術雑誌でのデータの発表が不可能になる、倫理的根拠により臨床試験が拒否される可能性があるなど、重大な影響が発生する可能性があるようです。この点に関して、臨床試験を登録することは厳密には不要であるものの、倫理的な責任と潜在的なリスクが組み合わさることで、このプロセスはますます事実上の要件となっています。

多くの病状について、オーストラリアは臨床試験が実施される多くの管轄区域の1つにすぎません。または、オーストラリアの立場を踏まえて、臨床試験を米国や欧州など、別の管轄区域に外注しようと考えることもあるかもしれません。どちらの場合にも関連するのは、「これらの管轄区域にどのような規則や規制が適用されるか」という問題です。

米国では、公衆衛生法の第402条(j)で、最初のヒト被験者が登録されてから21暦日以内に「該当する」臨床試験を登録する必要があり10、こうした登録には、目的、計画、患者人口、治療介入、影響測定、結果などを含める必要があることが規定されています。注目すべきことに、フェーズIの臨床試験は、この法律において「該当する」臨床試験ではないように思われます。また、米国では臨床試験のスポンサーが臨床試験の結果を試験完了後12カ月以内に開示することが要求されています。規制当局による承認を求める場合、臨床試験結果の公開を遅らせるための条項はありますが、この時点ではすでに大きな損害が発生しているかもしれません。

その他の管轄区域

さらに、欧州連合での臨床試験は臨床試験指令によって管理され、臨床試験は欧州臨床試験登録簿(EUCTR、European Clinical Trials Registry)への登録が要求されます。11また、EC規制第726/2004号の第57条(2)では、この登録簿に記載されている特定の情報(試験対象の製品、投与のルートおよび形態、濃度、治療対象となる病状、臨床試験の目的など)を公開しなければならないと規定されています。122012年のECガイドライン2012/c302/03の導入以降、臨床試験のスポンサーは各臨床試験結果を試験完了後12カ月以内に開示することが要求されています。フェーズIの臨床試験は、小児臨床試験計画に関するものを除き、結果報告が免除されているようです。

まとめ

オーストラリアの臨床試験に関する規制当局の立場と併せて考えると、Mylan v Sun Pharmaの判決から、特許出願人にはごく限られた選択肢しか残りません。一方では、臨床試験実施の公開から得られた知識が直接発明につながると考慮される場合があります。他方では、臨床試験の公開が審査において不利な形で利用される可能性があることを知った上で、出願人は、予想より早い段階で特許による保護を申請せざるを得なくなる場合があります。ますます厳しくなるオーストラリアのサポート要件を考えると、開示がクレームをサポートするのに十分ではない場合があるというリスクもあります。オーストラリアでは、新規事項を分割出願に追加することができるため、この問題に対処する可能性が開かれています。オーストラリアの特許出願人が利用できる自己開示の猶予期間は、場合によっては役に立ちますが、こうした経路のかじ取りは危険なものになりかねません。

大法廷は、「2000年の欧州特許条約で許可されているスイス型クレームおよび目的限定型の製品クレームでは、Mylan社の見解に対して一定の幅広い支持」があることを認めています(111において)。EPC 2000型のクレームは、オーストラリアと欧州では解釈が異なります。それにもかかわらず、この流れによると、クレームの機能的な技術特徴として治療効果の実際の達成を含むクレームは、単なる目的または意図を記述したクレームとは対照的に、Mylan v Sun Pharmaで適用されたような厳しい審査を乗り切れる可能性を示唆しています。スイス型クレームはこの流れにおいて好意的に考慮されるように見うけられますが、大法廷は、特許にスイス型クレームが含まれるにも拘わらず、訴訟中のすべてのクレームが無効であるという先の事実認定を覆すことはありませんでした。クレームの結びで「糖尿病性網膜症の有効なコントロールが達成される」などの肯定的な記述を含めると、この要件を満たす可能性があると推測されますが、確証はありません。

総合的に、研究者は倫理的な責任と自身の特許権を天秤にかけることが強いられることから、この判決は研究の世界と特許の世界の分断をさらに広げるように思われます。これは特に、公的な助成金を受けた研究に由来する発明に当てはまります。皮肉なことに、研究者が政府機関によって課された責任を果たすために研究内容を公開したせいで、その発明を保護する特許出願が無効であるとみなされる場合があります。Mylan v Sun Pharmaによって生じた問題に対処するには、本記事で解説したようなウェブサイトにおける臨床試験の提案の公開は先行公開による新規性喪失の除外である、とみなす立法上の対応が必要であるというのが弊所の見解です。


参考文献

  1. Mylan Health Pty Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2020] FCAFC 116
  2. Mylan Health Pty Ltd (formerly BGP Products Pty Ltd) v Sun Pharma ANZ Pty Ltd (formerly Ranbaxy Australia Pty Ltd [2019] FCA 28
  3. 世界医師会(2018年)。WMA – The World Medical Association-WMA Declaration of Helsinki – Ethical Principles for Medical Research Involving Human Subjects(WMA – 世界医師会-WMAヘルシンキ宣言 – 人間被験者を含む医療研究の倫理原則)、2021年7月29日閲覧、https://www.wma.net/policies-post/wma-declaration-of-helsinki-ethical-principles-for-medical-research-involving-human-subjects/
  4. 医学雑誌編集者の国際委員会、Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals(学術研究の実施、報告、編集および医学雑誌での公開に関する推奨事項)、2021年7月29日閲覧、http://www.icmje.org/icmje-recommendations.pdf
  5. オーストラリア国立保健医療研究評議会(NHMRC)、National Statement on Ethical Conduct in Human Research (2007)(ヒト研究における倫理規範に関する国家声明(2007年))、2021年7月29日閲覧、https://www.nhmrc.gov.au/about-us/publications/national-statement-ethical-conduct-human-research-2007-updated-2018
  6. オーストラリア国立保健医療研究評議会(NHMRC)、Australian Code for the Responsible Conduct of Research(オーストラリアの責任ある研究活動のための行動規範)、2021年7月29日閲覧、https://www.nhmrc.gov.au/about-us/publications/australian-code-responsible-conduct-research-2018
  7. オーストラリア保健省、薬品・医薬品行政局Clinical trials(臨床試験)、2021年7月29日閲覧、https://www.tga.gov.au/clinical-trials
  8. オーストラリア国立保健医療研究評議会(NHMRC)、Trial registration(臨床試験の登録)、2021年7月29日閲覧、https://www.australianclinicaltrials.gov.au/trial-registration。
  9. オーストラリアニュージーランド臨床試験登録機関、Is registration of clinical trials mandatory in Australia or New Zealand(オーストラリアまたはニュージーランドで臨床試験の登録は必須か)、2021年7月29日閲覧、https://www.anzctr.org.au/Faq.aspx
  10. 公衆衛生法 42 U.S.C § 282(j)。
  11.  ヒト用の医薬品の臨床試験を実施する際の臨床試験実施基準の実施に関連する、加盟国の法律、規制および管理条項の近似に関する理事会指令2001/20/EC(2001年)欧州官報L 121、34ページ。
  12. ヒトおよび家畜用の医薬品の承認および監督のための欧州委員会手続きの制定、および欧州医薬品庁の確立のための理事会規則726/2004(2004年)、欧州官報L 136、1ページ。

1 Mylan Health Pty Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2020] FCAFC 116(2020年7月3日)

2 Mylan Health Pty Ltd (formerly BGP Products Pty Ltd) v Sun Pharma ANZ Pty Ltd (formerly Ranbaxy Australia Pty Ltd [2019] FCA 28 (2019年1月22日)

3 ヘルシンキ宣言

4 医学雑誌編集者の国際委員会(ICMJE)の推奨事項

5 ヒト研究における倫理規範に関する国家声明

6 オーストラリアの責任ある研究活動のための行動規範

7 TGAガイドライン

8 臨床試験登録に関するオーストラリア政府ウェブサイト

9 ANZCTRウェブサイト

10 公衆衛生法 42 U.S.C § 282(j)

11 理事会指令2001/20/EC

12 理事会規則726/2004

この記事は最初に2021年9月2日に英語で公開されました


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