オーストラリアとニュージーランドにおける特許実施義務および関連する強制実施権に関する規定

Share

特許実施義務

多くの管轄区域では、特許が付与された国内で特許発明を実施していることを実証する要件を設けています。これは「特許実施義務」と呼ばれます。特許法のこの要素は世界全体で大きく異なり、要件自体もそうですが、付与後いつまでに実施する必要があるか、発明の実施とみなされる範囲、実施義務を満たすために必要な証拠の量などにおいて違いがみられます。

インドなどの一部の管轄区域では、「実施状況に関する陳述書」を毎年提出する必要があります(1970年インド特許法によるForm 27の一部)。この陳述書には、発明がインドでどのように商業的に「実施」されているかの詳細、またはなぜ発明がまだ「実施」されていないかの理由、およびこの要件を満たすために講じられている手段などを記載する必要があります。1,2 米国などその他の地域には、実施義務そのものはありませんが、その代わりに、取引慣行に関する法律や強制実施権の規定を通じて、実施義務の諸側面が奨励されています。3

強制実施権

実施義務に密接に関係のある特許法の領域のひとつが、強制実施権です。歴史的に、強制実施権の契約は、特許を無効化せずとも現地の特許実施義務を施行する手段として制定されてきました。基本的に、強制実施権とは特許実施義務が満たされていない場合に(およびまたは、医薬品の発展途上国への供給など、特定のその他の状況で)特許発明の使用を許可するために政府によって付与される特許実施許諾です。4 特許実施義務の不履行に関連する強制実施権の付与についての法的要件は、管轄区域ごとに大きく異なります。

オーストラリアやニュージーランドにもそのような特許実施義務があるのかという質問が、定期的に寄せられます。以下で、オーストラリアとニュージーランドで発明の実施を実証するための要件と、関連する強制実施権の法律について、簡単に概要を説明します。

オーストラリア

オーストラリア特許法によると、発明がオーストラリアで利用されていることを実証する陳述書を提出する法的要件は存在しません。ただし、1990年特許法第133条の規定により、特許発明が付与後3年間利用されなかった場合、次のすべての条件を満たしていれば、連邦裁判所に発明を利用するための強制実施権を求める申請を行うことができます。

  1. オーストラリアにおいて、その特許発明に関する需要が満たされていない、および
  2. 需要を満たすには、発明の利用に対する認定が不可欠である、および
  3. 請求人が合理的な期間、特許権者から、合理的な条件に基づいてその発明を実施するための許可を得ようと試みたが成功しなかった、および
  4. 特許権者が、オーストラリアで発明を実施しないことについて満足できる理由を提示していない、および
  5. 特許実施許諾の付与が公衆の利益である。5,6

また、第133(2)条によると、請求人は、特許権者が当該特許に関して2010年競争および消費者法第IV部に違反したかまたはしている場合も、特許実施許諾を請求することができます。この条項は実体的であり、価格操作、生産またはサプライチェーンの制限、顧客割り当て、談合、またはその他の競争の制限を含む、制限的な取引慣行に広く関連します。7

いずれの場合も、強制実施権が付与されると、特許権者と請求人の間で合意した報酬金、または連邦裁判所により適正かつ合理的であると判断された報酬金が特許権者に支払られる必要があります。この金額は、特許実施許諾の経済的価値、つまり発明の開発に伴う投資への見返りに対する特許権者の権利(関連するリスクを含む)、および発明に対する需要を満たすことを保証する場合の公衆の利益、に照らして判断されます。8

強制実施権を請求する際の負担は請求人が負うことから、こうした請求が行われることはめったにありません。2017年の時点で、オーストラリアで強制実施権が付与されたことはなく、これまでにこうした請求が行われたのはわずか3回です。9 2013年にオーストラリアの生産性委員会が強制実施権に関して行った提言に応える形で、2020年初めに1990年特許法が改正され、以前の「特許発明に関する公衆の合理的な要求」を満たすという条件が、新しい公衆の利益要件(e)に置き換わりました。10,11

請求が(e)の要件を満たすかどうかを判断する際、連邦裁判所は次の内容を考慮する必要があります。

  • 元の発明に対する需要を満たすことで得られる公衆の利益
  • 元の発明の利用を認定することで特許権者と請求人に対して発生する商業的費用と利益
  • 競争の増加やイノベーションに対する潜在的な影響などを含む、連邦裁判所によって関連性があると判断されたその他の事項。12

この改正では、従属発明に関する特定の規定も導入されました。請求人が元の発明に対して従属関係にある発明の特許権者であり、従属発明の利用を目的に認可を求めている場合、以下の追加条件も満たす必要があります。

  1. 元の発明を利用することなしに、請求人が従属発明を利用することができない、および
  2. 元の発明に対して、従属発明には大きな経済的意義を伴う重要な技術的進歩があること。13

こうした場合、強制実施権により、請求人は、従属発明を利用するために必要な程度に限り、元の発明を利用できるようになります。また、(必要に応じて)請求人は、元の発明の特許権者にも、従属発明を利用するための特許実施許諾を合理的な条件で付与する必要があります。14

ニュージーランド

ニュージーランド

オーストラリアと同様に、ニュージーランドの慣行では、発明がニュージーランドで実施または供給されていることを証明する義務が即時に特許権者に課せられることはありません。ただし、2013年特許法第169条の規定により、付与日から3年、または特許日(有効出願日)から4年のいずれか遅いほうが経過した後、利害人は裁判所に特許実施許諾を求める請求を行うことができます。オーストラリアとは対照的に、ニュージーランドでは、特許発明の市場が以下のいずれかであるという根拠に基づいて、こうした請求を行うことができます。

  • ニュージーランドで特許発明が供給されていない、または
  • ニュージーランドで特許発明が合理的な条件で供給されていない。15

興味深いことに、集積回路に関する特許については、これらの請求をすることはできません。16

こうした特許実施許諾は、付与された場合非排他的であり、主にニュージーランドでの発明の供給に限定されます。17

オーストラリアと同様に、強制実施権を請求できるのは特許付与から3年間と期限が設けられている一方で、ニュージーランドの制度では、こうした請求を行うための要件はそれほど厳しくないように思われます。基本的には、オーストラリアの1990年特許法の対応する条項の規定(a)のみに一致しています。ただし、ここでも強制実施権を請求する際の負担は請求人が負うこと、また、事例証拠が少ないことから、こうした請求は非常にまれであり、まして付与されることはほとんどないことがわかります。

強制実施権の普及率の低さ

オーストラリアおよびニュージーランドどちらの特許制度でも、強制実施権が活用されることがめったにない理由として、さまざまな説が考えられます。オーストラリアの強制実施権に関して、2013年の生産性委員会で、普及率の低さについて3つの潜在的な理由が提示されました。

  1. 強制実施権の規定は、新技術の合理的な実施許諾を拒否することに対する抑止力となり、こうした規定が利用される必要がほとんどない。
  2. 通常、特許実施許諾は特許権者の利益となるため、強制実施権の規定が必要になるのは、例外的状況で使用するための予防手段としてのみである。
  3. 強制実施権を取得するためのプロセスに時間と費用がかかりすぎるため、潜在的なライセンシーがこの選択肢を考慮することはほとんどない。18

生産性委員会がこれら3つの潜在的な理由それぞれに関する証拠を審査した結果、請求数が限定的な原因として最も可能性が高いのは、強制実施権が必要な場面がめったにないという単純なものであることが判明しました。自発的な特許実施許諾契約を結ぶことにより、特許権者は容易に収益源を得ることができ、それ以外にもリスク低減や生産能力または研究能力の拡大といった潜在的なメリットがもたらされます。19 そのため、発明を自社で商業化しない場合、合理的な条件で自発的な特許実施許諾契約を交渉することが、通常特許権者の利益となるのです。また、強制実施権の手続き費用が抑止力となっている場合があることも明らかになりました。しかしながら、結果の水準を下げることなくこの問題を容易に解決する方法はありません。

認知度の低さは、強制実施権の履行が限定的である理由としては考えにくいことが判明しましたが、生産性委員会は、これらの規定の認知度を高めるため、オーストラリア特許庁(IPオーストラリア)およびオーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)に、強制実施権に関する平易な文言のガイドラインを作成することを提案しました。ただし、この提言はまだ実施されていないようです。20

全体として、オーストラリアおよびニュージーランドにおける特許実施義務に関連する強制実施権の規定は、他の大半の先進国と合致しています。21 これらの規定が、オーストラリアおよびニュージーランドの特許発明の現地での実施およびまたは供給を確実にするために十分なものであるかどうかは、依然として不明瞭です。しかし、インドのForm 27のように、(潜在的なライセンシーではなく)特許権者に特許実施義務を課す規定は例外であり、一般的ではありません。また、このような規定には負担がかかりすぎる、実施が困難である、プライバシーの観点から問題が生じる可能性があるなど、多数の批判が寄せられています。22 こうした理由から、近い将来、オーストラリアまたはニュージーランドの法律にこのような規定が導入される可能性は低いでしょう。


1 1970年特許法(インド)第146条(2)

2 インド特許意匠商標総局、「インドでの商業規模での特許発明の実施に関する報告書(Statement Regarding the Working of the Patented Invention on Commercial Scale in India」、Form No. 27(2003年)

3 Marketa Trimble、「歴史的および比較的な観点から見た特許実施義務(Patent Working Requirements: Historical and Comparative Perspectives)」(2016年)6 カリフォルニア大学アーバイン法科大学院レビュー(University of California Irvine Law Review 483、488-489.

4 Carlos M. Correa、「知的財産権および強制実施権の使用:発展途上国のためのオプション(Intellectual Property Rights and the Use of Compulsory Licenses: Options for Developing Countries」(サウスセンター貿易関連アジェンダ、開発およびエクイティ(South Centre Trade-Related Agenda, Development and Equity)(T.R.A.D.E.)

ワーキングペーパー第5号、1999年10月)、1、3-4.

5 オーストラリア法律改正委員会、「遺伝子と創意工夫:遺伝子特許と人の健康(Genes and Ingenuity: Gene Patenting and Human Health」(レポート第99号、2004年6月)27.4-27.22.

6 1990年特許法、(Cth)133条(1)-(3)、2020年12月18日付

7 2010年競争・消費者法、(Cth)第IV部

8 1990年特許法(n6)第133条(5)

9 IPオーストラリア、「特許の強制実施権(Compulsory Licensing of Patents」、(パブリックコンサルテーション概要書、2017年8月)1、3.

10 オーストラリア政府生産性委員会、「特許の強制実施権(Compulsory Licensing of Patents」(調査報告書第61号、2013年3月28日)

112020年知的財産法改正法案(生産性委員会の回答第2部およびその他の対策)(Intellectual Property Laws Amendment (Productivity Commission Response Part 2 and Other Measures) Act 2020」、(Cth)sch 4.

12 1990年特許法(n6)第133条(3)(e)

13 同上第133条(3)(f)

14 同上第133条(3A)

15 2013年特許法(ニュージーランド)第169条(1)-(2)

16 同上第170条(2)

17 同上第170条(3)

18 オーストラリア政府生産性委員会(n10)1、114

19 同上1、115

20 同上1、227-233

21 同上1、263

22 Jorge L. Contreras、Rohini LakshanéおよびPaxton M. Lewis、「特許実施義務および複雑な製品(Patent Working Requirements and Complex Products)」(2017年)7(1) ニューヨーク大学:知的財産およびエンターテイメント法ジャーナル(New York University: Journal of Intellectual Property and Entertainment Law1 20-22

この記事は最初に2021年4月15日に英語で公開されました


弊所では一般的なお問い合わせや見積もりの際にご利用いただける日本語担当窓口を用意致しております。

日本語のお問い合わせを直接 JapaneseDesk@spruson.com 宛にお送りください。技術系のバックグラウンドを持つ日本語窓口担当者が迅速にお返事致します。

出願のご指示等につきましては、通常のメールアドレスに英語でお送りいただけると幸いです。

Share
Back to Articles

Contact our Expert Team

Contact Us