重要なCRISPR特許上訴でのTOOLGENの失敗

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オーストラリア連邦裁判所は、オーストラリアの重要なCRISPR特許紛争において判決を下し、ToolGen社の特許出願において土台となるCRISPR技術についてのクレームは何れも有効でないと判断しました。この訴訟は、第1の被告-グラント・フィッシャーという名の名目上の関係者-がToolGenの出願への特許権付与に対する異議申立に成功したとする特許庁長官の決定に端を発する上訴です。

特許出願

本件は、CRISPR/Casシステムおよび真核細胞中の標的核酸配列において部位特異的二本鎖切断を導入するそれらのシステムの使用に関するToolGenの出願に関するものでした。

この出願は、2013年10月23日に出願され、3件の仮出願からの優先権を主張しています。

  • 2012年10月23日出願の米国特許仮出願第61/717,324号(「P1」);
  • 2013年3月20日出願の米国特許仮出願第61/803,599号(「P2」);および
  • 2013年6月20日出願の米国特許仮出願第61/837,481号(「P3」)。

この出願は、2つの独立クレームを含みます。

クレーム1. 真核細胞中の標的核酸配列において部位特異的な二本鎖切断を導入する際に使用されるII型クラスター化規則的間隔配置短鎖回文繰り返し(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)(CRISPR)/Casシステムを含み、前記CRISPR/Casシステムは、(i)核局在化配列を含むCas9ポリペプチドをコードする核酸と、(ii)標的核酸に交雑するガイドRNAをコードする核酸と、を含む組成物であって、前記ガイドRNAは、trans活性化crRNA(tracrRNA)部分に融合したCRISPR RNA(crRNA)部分を含むキメラガイドRNAである組成物。

クレーム10. 真核細胞中の標的核酸配列において部位特異的な二本鎖切断を導入する方法であって、前記真核細胞中にII型クラスター化規則的間隔配置短鎖回文繰り返し(CRISPR)/Casシステムを導入することを含み、前記CRISPR/Casシステムは、

(a)核局在化シグナルを含むCas9ポリペプチドをコードする核酸であって、前記核酸は、真核細胞中で発現するためにコドン最適化されている核酸と、

(b)前記標的核酸と交雑するガイドRNAをコードする核酸と、

を含み、前記ガイドRNAは、trans活性化crRNA(tracrRNA)部分と融合したCRISPR RNA(crRNA)部分を含むキメラガイドRNAであり、前記標的核酸配列は、前記crRNA部分に結合する第1の一本鎖と、トリヌクレオチドプロトスペーサ隣接モチーフ(PAM)を有する第2の一本鎖とを含み、前記Cas9ポリペプチドと前記ガイドRNAとは、前記真核細胞中でCas9/RNA複合体を形成し、それによって標的核酸配列において部位特異的な二本鎖切断が導入される方法。

有効性の根拠のいくつかは、両独立クレーム中の用語「ガイドRNAをコードする核酸」の意味に依拠していました。ToolGenは、これらの用語の広義の解釈を求め、それが真核細胞中でRNAに転写されるDNAと真核細胞中に導入される前にインビトロで転写されるRNAとの両方を含むと主張しました。[1] ToolGenは、動詞「コードする」は、(DNAからRNAへの転写のプロセスによって)ガイドRNAを製造するための配列を提供すること、ならびにガイドRNAがその機能を発揮することを可能にする配列を提供することの両方を意味することができると主張しました。[2] ToolGenは、クレーム19に多く依存し、クレーム19は、クレーム10とともに読まれると、ガイドRNAをコードする核酸は、インビトロ転写されたRNAであることを必要としました。

クレーム19. 前記ガイドRNAをコードする核酸は、インビトロ転写されたRNAである、クレーム10~16の何れか一項に記載の方法。

ニコラス判事は、これらの主張を却下し、クレーム10は、全体としての明細書の文脈で読まれると、このクレームが、核酸は、ガイドRNAをコードする方法に限定されること、およびガイドRNAは、真核細胞中の核酸から転写されることを示していると判断しました。[3] 同判事は、用語「コードする」は、当業者によって理解されるその通常の意味を与えられるべきであると判断しました。

「私の意見では、用語「コードする」は、クレーム10において、転写および翻訳によるCas9ポリペプチドの製造と、細胞中の転写によるガイドRNAの製造と、を指すその通常の意味(すなわち分子生物学者によって理解される)で用いられている。本クレームにおいて参照される核酸は、ガイドRNAを製造するために細胞中で用いられる情報を提供する。クレーム10は、既存のガイドRNAが細胞に導入されるシステムを包含しない。」[4]

この解釈の結果、クレーム19は、妥当にクレーム10とともに読まれることはできず、明確性に欠けると判断されました。[5]

優先権主張日

本上訴の審理は、これらのクレームにP1を基礎とする優先権の資格がなければ、P3の出願によって成立した2013年6月20日が適用されるという前提で行なわれました。P2は、単に制限断片長多形解析においてRNA誘導エンドヌクレアーゼを用いる方法に関係し、本特許出願中のクレームの何れかに記載の発明を開示しているとはみなされませんでした。

P1は、比較的短い文献であり、いかなるクレームも含まず、雑誌記事のようなものに「発明の概要」という追加の表題をもつ段落が加えられたものでした。P1に記載されたCRISPR/Cas9システムは、ストレプトコッカス・ピロジェネスから誘導され、インビトロ製造されたtracrRNAと融合したcrRNA部分を含む単一キメラガイドRNAを用いていました。P1は、ガイドRNAをインビトロ転写するために細胞中にDNA(またはウィルスRNA)が導入されるシステムを開示していませんでした。P1は、また、他のどの細菌種がII型CRISPR/CAsシステムを有するか、またはそのような種について内因性crRNAおよびtracrRNA配列をどのように決定するかも記載していませんでした。

そこで、問題は、P1の開示がToolGenの出願中のクレームの何れかについて優先権主張日を証明するために十分であるかどうかということでした。

オーストラリアにおける優先権主張日の検証は、開示の十分性についての検証と同じです。つまり、クレームされる発明を、当業者によってその発明が実施されるために十分に明確であり、かつ十分に完全であるように、先願が開示しているという前提で、各クレームには先願からの優先権を主張する資格があります。[6]

「ガイドRNAをコードする核酸」という文言に関して、判事は、優先権主張日に周知であった標準的な技法を用いてガイドRNAをインビトロで製造するためにガイドRNAをコードするプラスミドを用いることは、技術常識とともにP1中の情報を有す分子生物学者にとって難しい業務ではないことを認めました。判事は、また、当業者にとって、細胞中でガイドRNAを発生させる手段としてガイドRNAをコードするプラスミドDNAを用いることができることは、自明であることを認めました。[7]

しかしながら、P1は、クレームにおいて定義されるガイドRNAをコードするDNA(またはウィルスRNA)の使用を開示せず、インビトロで製造され、次に細胞中に導入されるガイドRNAを開示しました。判事は、P1は、ToolGenの出願においてクレームされたものと同じ発明を開示せず、したがってクレームの何れにもP1からの優先権を主張する資格がないと判断しました。

「クレーム1および10(およびクレーム19を除く従属クレーム)は、クレームのガイドRNAが核酸(DNAまたはウィルスRNA)の形で細胞に導入され、次いで真核細胞中でガイドRNAをコードする発明を目的としている。P1は、明示的にも非明示的にも何れかのそのようなシステムを開示していない。したがってそれらのクレームに、P1を根拠とする優先権の資格がない。」[8]

次の問題は、S.ピロジェネス以外の細菌種から誘導されるCas9ポリペプチドを用いてDNAを切断するためのシステムを、クレームされる発明が当業者によって実施されるために十分に明確であり、かつ十分に完全であるように、P1が開示しているかどうかでした。P1がS.ピロジェネスから誘導されるCRISPR/Cas9システムを開示したというのが当事者間の共通認識でした。ニコラス判事は、P1が一般的な意味で他の細菌種から誘導されるCas9タンパク質の存在とそれらが真核細胞中のDNA切断を媒介するために用いられ得るという可能性とを開示していることを認めました。[9] しかし、他の細菌種から誘導されるCas9タンパク質を用いる可能性は、それ ― 単なる可能性 ― として記載されただけでした。P1は、この可能性についてのそれ以上のいかなる考察も含まず、他の細菌種から誘導されるすべてのまたはいくつかのII型Cas9タンパク質が真核細胞中のDNA切断を媒介するために特定のPAMとともに機能すると合理的に予測することができると推論され得るいかなる証拠も注釈も提示しませんでした。

さらに、S.ピロジェネスがII型CRISPR/Casシステムを有する他の細菌種の代表である可能性が高いこと、またはS.ピロジェネス由来成分を用いた実験の結果が他の細菌種から誘導されるCas9ポリペプチドも真核細胞中のDNAを切断することができると推測するための何れかの合理的な科学的根拠を提供すること、を示すものはP1において何も開示されませんでした。[10] その文脈において、証拠は、S.ピロジェネス以外の何れかの特定の細菌種から誘導されるCRISPR/Cas9システムが真核細胞中で機能するか否かについて相当な不確かさがあること、および真核細胞中のこのシステムの使用を検証するためにかなりの実験研究が行われる必要があることを示しました。[11]

判事は、優先権主張日において、当業者(またはチーム)がS.ピロジェネス以外の細菌種を用いてクレーム1および10の発明を実施するために行う必要がある研究は、かなりの研究プロジェクトを含むと判断しました。

「私の意見では、当業者のチームは、長期の研究および実験を行う必要があり、途上においてかなりの困難に逢う可能性が非常に高い。この研究の多くは非日常業務的であり、その実行状況においてP1は意味のある指針または方向および成功の保証は提供しなかった。」

「優先権主張日現在、真核細胞中のゲノム編集を専門とする分子生物学者と原核生物中のCRISPR/Casシステムにおける専門知識を有する微生物学者とを含む当業者チームが、過度の負担なしでS.ピロジェネス以外の細菌種を用いてクレーム1の組成物を作ることまたはクレーム10の方法を実施することをP1は可能にしていなかったと確信する。」[12]

ガイドRNA自体に関して、P1は、tracrRNA部分に融合したcrRNA部分を含む単一キメラガイドRNAを、それがどのようにして設計されたかまたはその長さがどのように変えられる可能性があるかについていかなる情報も提供せずに開示しました。[13] ニコラス判事は、P1に開示されている単一ガイドRNAを再設計することまたはS.ピロジェネス以外の細菌種を用いて単一ガイドRNAを設計および構築することは、当業者にとって過度の負担であるとみなしました。[14]

判事は、P1は、クレームされた発明を、発明が当業者によって実施されるために十分に明確かつ十分に完全であるように開示することができていないと判断しました。クレームのどれにもP1からの優先権を主張する資格がありませんでした。

実施可能性

1990年特許法(Cth)の第40条(2)(a)は、完全な明細書は、発明が当業者によって実施されるために十分に明確であり、かつ十分に完全であるように発明を開示しなければならないとしています。実施可能性のための要件は、他の裁判所管轄区域、特にヨーロッパおよび英国において適用可能なものに似ています。

被告は、本特許出願が、P1とは異なり、「ガイドRNAをコードする核酸」を含む発明を開示していることを認め、クレームの発明が、この特定の点において、十分に実施可能でないと主張しませんでした。

しかしながら、本特許出願中に開示されている実施例のどれも、S.ピロジェネス以外のいかなる種からのCRISPR/Cas9成分も使用しませんでした。被告は、本特許出願は、S.ピロジェネス以外の細菌種から誘導されるシステムを含む発明を過度の負担なしでは実施可能にしないと申し立てました。判事は、P1に関して示された理由によりその申し立てを基本的に認めました。[15]

同様に、ガイドRNAに関し、そのtracrRNA成分を含むsgRNAの設計に関してP1の開示と本特許出願との間に実質的な差はないとみなされました。よって、判事は、本特許出願には、本特許出願中に開示されているものと異なる長さを有するsgRNAの実施可能な開示はないと判断しました。[16]

裏付け(サポート)

1990年特許法(Cth)の第40条(3)は、クレームは、明細書において開示される材料によって裏付けられなければならないとしています。この規定は、明細書によって開示される分野への技術的な貢献がクレームの広さを正当化することを求めています。[17]

実施可能性と裏付けとの重複する要件を考慮して、判事は、クレームが実施を可能にする開示を提供することによって、第40条(2)(a)の要件を満たすかもしれないが第40条(3)の条件は満たさない事例があるかもしれないと注記しました。しかし、判事は、実施を可能にする開示がない発明へのクレームが、どのように裏付け要件を満たすことができるのか探るのは難しいと判断しました。そのような状況においてクレームによって定義される独占の範囲が当分野への技術的な貢献によって正当化され得ないためです。[18] 本発明は、第40条(2)(a)の下で十分に実施可能ではないと判断して、判事は、クレームのすべてが第40条(3)の下で裏付けに欠けると判断しました。

新規性および進歩性

P1の出願日後ではあるがP3の出願日前に公開された3つの雑誌論文が新規性および進歩性の問題に関連していました。

  • Congら、「CRISPR/Casシステムを用いるマルチプレックスゲノム工学」(2013年)サイエンス339巻、819~823頁および補足資料;
  • Maliら、「Cas9によるRNA-誘導ヒトゲノム工学」(2013年)サイエンス339巻、823~826頁および補足資料;および
  • Wangら、「CRISPR/Cas-媒介ゲノム工学による複数遺伝子中の変異を有するマウスの一ステップ発生」(2013年)セル、153巻、910~918頁および補足情報。

ToolGenの出願にはP1によって確立された優先権主張日の資格がないと判断し、判事は、先行技術を考慮して、クレーム1~20は、新規性および進歩性に欠け、クレーム21は、進歩性に欠けると判断しました。

ToolGenには、クレームを補正する選択肢があります。しかし、被告は既にToolGenによって行われ得るいかなるそのような申請にも異議を申し立てると前もって示唆しています。


[1] ToolGen Incorporated v Fisher (No 2) [2023] FCA 794 (ToolGen FCA)の[114].

[2] ToolGen FCAの[122].

[3] ToolGen FCAの[130].

[4] ToolGen FCAの[143].

[5] ToolGen FCAの[145].

[6] 1990年特許法 (Cth) 第43条(2)および(2A); 1991年特許規則 (Cth) 規則2.12(4)および3.13A.

[7] ToolGen FCAの[207].

[8] ToolGen FCAの[212].

[9] ToolGen FCAの[221].

[10] ToolGen FCAの[320].

[11] ToolGen FCAの[325], [327]-[328].

[12] ToolGen FCAの[362]-[363].

[13] ToolGen FCAの[366]-[377].

[14] ToolGen FCAの[369]-[370].

[15] ToolGen FCAの[387].

[16] ToolGen FCAの[388].

[17] Merck Sharp & Dohme Corporation v Wyeth LLC (No 3) [2020] FCA 1477, [547].

[18] ToolGen FCAの[410].

この記事は最初に2023年7月24日に英語で公開されました


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