オーストラリア連邦裁判所は、Ariosa Diagnostics, Inc v Sequenom, Inc (Sequenom 2021).1 の訴訟事件で、自然現象(ヌクレオチドを含む)の実用的な適用がある診断方法の特許を許可する決定を是認しました。連邦裁判所は、胎児の染色体異常を検知するAriosa社のハーモニーテストが、非侵襲的な出生前診断方法に関するSequenom社のオーストラリア特許第727919号を侵害しているという一審裁判官の所見を是認しました。
この判決は、米国での対応する訴訟事件 (Ariosa Diagnostics, Inc. v. Sequenom, Inc. 788 F.3d 1371 (Fed. Cir. 2015))2 において広く公表されている判決とは対照的となります。米国連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)の少なくとも数名の裁判官は発明の貢献を認めたのですが、発明の対象が特許性を欠くとの判例に縛られていると感じたため不安を表明し、米国での判決は物議を醸しました。オーストラリアでの結果は驚くべきことではありませんが、それでも歓迎されています。特筆すべきは、オーストラリアでの判決は、英国の同等の特許の有効性に関する最近の判決 (Illumina, Inc v Premaitha Health Plc [2017] EWHC 2930).3とも一致していることです。
請求項に係る方法の結果(テスト結果)がオーストラリアの医療従事者に提供される前に方法が海外で実行された場合を除いて、連邦裁判所は侵害に関する一審裁判官の所見を是認しました。一審裁判官の判決に反して、連邦裁判所は、テスト結果は「単なる情報」であり、したがって、特許権者が発明を実施する権利の範囲内にある「製品」ではないと見なしたため、上記のような場合には侵害は発生しなかったと判断しました4。
特許可能な対象
オーストラリアの法律の下で特許可能な対象と見なされるためには、発明は製造の態様でなければなりません5。言葉による明確な定義はありませんが、National Research Development Corporation v Commissioner of Patents (NDRC)の判決で並べられた製造の態様を確立するための一般原則によると、人為的に創造された状態が存在する必要があり、請求項に係る発明には経済的な有用性がある必要があります6。
単離された自然起源の核酸を対象とする請求項は、オーストラリア高等裁判所によって、 D’Arcy v Myriad Genetics Inc (Myriad)7で検討されました。表面上は人為的な製品(単離された核酸)を対象としていますが、同裁判所はそのような請求項の実体は、識別されたものの創造はされていない遺伝情報であると判示しました。同裁判所は、人間の行為によってもたらされたものではない発明に特許性を付与することは、製造の態様の概念の拡張を伴い、司法上の判断には適していないと考えました。
第一審の判決
特許を取得した発明は、妊娠中の女性から得られた血清または血漿サンプル中の胎児由来の核酸(すなわち、無細胞胎児DNA、cffDNAと呼ばれる)の存在を検出するための方法に関するものです。侵害訴訟において、Ariosa社は、ライセンシーであるSonic Healthcare Ltd.およびClinical Laboratories Pty.Ltd.とともに(総称してAriosa社)、関連する請求項が特許適格性のある主題を請求していないと主張して、取消を交互請求しました。請求項が方法に対するものであるにもかかわらず、Ariosa社は、発明の実体は自然現象の単なる発見に関連していると主張し、人間の相互作用が関与している場合、これらの請求項のそれぞれの結果は単なる情報であると主張しました8。
Beach一審裁判官は、Myriad判決とは対照的に、本発明の請求項はいずれも遺伝情報そのものではなく、特定のタイプのDNA、すなわちcffDNAを検出する方法に向けられたものであることを根拠に、請求項に係る発明は特許適格性のある主題であるとの所見を述べました9。さらに、Beach裁判官は、本発明が人為的な状態を創造するための人間の行為(血液サンプルの取得、成分の分離、DNAの抽出、母体とcffのDNAの識別による)に加えて、経済的有用性と、出生前診断の新規な非侵襲的手段としての実用性を伴うものであると判断しました10。
2014年から2017年までの期間を含め、侵害があったとの判断がなされました。この期間に、血液サンプルはオーストラリアで採取されましたが、ハーモニーテストは、米国でサンプルに対して実施され、その後、オーストラリアの医療従事者に結果が届けられました(すなわち、「送出(send out)」モデル)。一審裁判官は、ハーモニーテストの結果が、1990年特許法(Cth)(以下、法)で定義されている「利用(exploit)」という用語の定義に基づいて提供される「製品」に該当するという理由で、Ariosa社がこの期間中にSequenom社の特許を侵害したものと判断しました11。
上訴
2021年7月18日に、連邦最高裁判所によって上訴が審理されました。Ariosa社は、いくつかの理由、特に製造の態様と侵害に関する所見について、2019年の判決に対して上訴しました。
製造の態様
製造の態様に関して、Ariosa社は、請求項に係る発明の実体は、自然起源の物質を検出するための既知の方法の利用であると主張しました。具体的にAriosa社は、請求項に係る発明は実体として人為的に創造された状態を含まず、代わりに「自然現象の単なる発見」にのみ関連し、適切に解釈された場合、請求項に係る発明の最終結果は情報(すなわち、cffDNAの存在)のみであると提示しました12。
連邦裁判所は、Myriad判決では自然起源の核酸を含む方法クレームに対して言及され、製品クレームとは対照的に、そのようなクレームは特許適格性があると見なされる可能性が高いことを示しました13。これに関して、連邦裁判所は、本発明の実体はcffDNA自体(すなわち、単なる「天然に存在する情報」)ではなく、cffDNAが母体の血漿または血清に存在するという単なる観察でもないと認定しました。代わりに、本発明の実体は、母体の血液を使用することに伴う困難を克服し、侵襲的なサンプリングを必要とせずに胎児DNAを検出するための新しい手段を考案することにあるとしました。したがって、請求された発明は、単なるアウトプットではなく、アウトプットを生成する検出プロセスであり、「これはまさに、科学的事実または自然法則の発見と、発明との間の境界線の正しい側に分類されると判断される種類の主題です」14。
侵害
侵害に関してAriosa社は数多くの理由、特に送出モデルでハーモニーテストが実行され結果が提供された場合を含め、一審裁判官の判決に対し上訴しようとしました。Ariosa社は、ハーモニーテストの結果は「利用」の定義内の「製品」と見なされるべきではなく、「情報」としてのみ見なされるべきであり、したがって、オーストラリア国外でテストを実行し、オーストラリア国内の患者に結果を報告することは、侵害を構成するものではないと、主張しました15。
1990年特許法(Cth)に基づき、特許権者は、請求項に係る発明を利用し、他者に利用を許可する独占的権利が付与されます16。請求項に係る発明が方法またはプロセスである場合、法は、「利用」という用語がその方法またはプロセスの「製品」の使用にまで及ぶことを示しています。同じ定義内で、「製品」の利用には、当該製品の製造、貸与、販売もしくはその他の処分、製造、貸与、販売、もしくはその他の方法での処分の申し出、使用、輸入、またはこれらの活動のいずれかを行う目的で当該製品の保管をする権利を含むと、規定されています17。
まず、Beach裁判官は、方法またはプロセスの使用から生じる製品には、「特許取得済みの方法から生じるすべての商業的に利用できるもの」が含まれると結論付けました。連邦裁判所は、この所見に対して、丁重に同意せず、Sequenom社の特許で請求されている検出または診断の方法の使用から生じる結果は、「利用」の定義における「製品」の意味に適合しないと結論付けました。連邦裁判所は、この文脈における「製品」という用語は、「それ自体が特許性のある主題であることを構成できない情報にまで特許権者の独占を拡大するものとして解釈されるべきではない」と述べ、そのような解釈は特許不適格な主題についての保護を特許権者に本質的に与えてしまうことになってしまうとしました18。
したがって、連邦裁判所は、一審裁判官の判決を部分的に覆し、送出モデルの下で実施し、結果を提供されたハーモニーテストは関連する請求項を侵害していないとの判決を下しました。侵害に関する他のすべての訴因について、連邦裁判所は、一審裁判官の判決を是認しました19。
結論
連邦裁判所は、オーストラリアにおいて、自然現象(ヌクレオチドを含む)の実用的な適用がある診断方法に特許性があることを確認しました。
しかしながら、連邦裁判所は、そのような方法が完全にオーストラリア国外で行われる場合、その方法の結果(例えば、ハーモニーテストの結果)を輸入して、提供することは侵害ではないと判断しました。このような結果が生じたのは、1990年特許法における「利用」という用語の定義に起因します。Mylan Health Pty Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd訴訟事件での最近の判決(特許製品を海外で使用して製品を作り、それをオーストラリアに輸入する場合について、「利用」の定義が示されていないことが明らかになった事件)をめぐる動揺に加えて、特許権者の権利が適切に保護されていることを確認するための見直しの時期が来ているのかもしれません20。
この記事は最初に2020年7月13日に英語で公開されました
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1 Ariosa Diagnostics, Inc v Sequenom, Inc [2021] FCAFC 101 (Sequenom 2021).
2 Ariosa Diagnostics, Inc. v. Sequenom, Inc. 788 F.3d 1371 (Fed. Cir. 2015).
3 Illumina, Inc v Premaitha Health Plc [2017] EWHC 2930.
4 Sequenom 2021 (n 1) [252] – [270].
5 Patents Act 1990, (Cth) s 18(1)(a).
6 National Research Development Corporation v Commissioner of Patents [1959] HCA 67 (NDRC).
7 D’Arcy v Myriad Genetics Inc [2015] HCA 35 (Myriad).
8 Sequenom, Inc. v Ariosa Diagnostics, Inc. [2019] FCA 1011; 143 IPR 24 (Sequenom 2019) [397].
9 Ibid [463], [485] – [500].
10 Ibid [494] – [503].
11 bid [1216] – [1222], [1458] – [1475].
12 Sequenom 2021 (n 2) [94] – [103].
13 Ibid [133] – [135].
14 Ibid [154] – [167].
15 Sequenom 2021 (n 2) [249].
16 Patents Act 1990, (Cth) s 13(1).
17 Ibid sch 1.
18 Sequenom 2021 (n 2) [252] – [270].
19 Ibid [218], [249].
20 Mylan Health Pty Ltd v Sun Pharma ANZ Pty Ltd [2019] FCA 28.