先月、シンガポール知的財産庁(IPOS)の登録官は裁量権を用い、取消し審理の答弁としての特許付与後の補正の申請を却下しました。これは他国での対応特許の取得または継続のために特許範囲を狭める補正が必要であったのにも拘わらず、シンガポールでの特許付与後の補正の提示に不当な遅延があり、かつより範囲の広いシンガポールの未補正クレームを基にシンガポールでマネタイゼーションを行うことには不正利益があるという認定に基づくものでした。
Singapore Shipping Association and Association of Singapore Marine Industries v Hitachi, Ltd. and Mitsubishi Shipbuilding Co., Ltd. [2019] SGIPOS 5 の判例は、Singapore Shipping AssociationおよびAssociation of Singapore Marine Industries(以下“異議申立人”)によるシンガポール特許庁(IPOS)での特許取消し手続きにおいて、Hitachi, Ltd.およびMitsubishi Shipbuilding Co., Ltd.(以下“特許権者”)が抗弁として提案した範囲を狭めるクレーム補正案に対する異議申し立てが基となっています。異議申立人は、特許権者が所有するバラスト水処理に関する3件の特許の取消しを申請していました。そのうち2件の特許取消し訴訟は、特許権者が異議を唱えなかったため、特許の取消しとなっていました。
シンガポール特許第159788号(以下“788特許”)、名称「船舶構造」は、日本出願の優先権を主張するPCT/JP2008/066536の国内移行出願(NPE)として、シンガポールで出願されました。対応するNPEは、日本、中国、韓国、インドで出願されました。788特許は、2010年に当時シンガポールで採用されていた「自己評価」システムに基づいて特許化されたため、シンガポールでの審査は行われませんでしたが、その代わり、対応する日本の優先権出願において許可されたクレームに依拠していました。しかし、依拠した日本特許は3度の無効審判を経た結果、788特許の権利範囲よりもはるかに狭い権利範囲になっていました。中国と韓国の特許も、審査の過程で範囲を狭める補正が行われたため、シンガポールの特許よりも権利範囲が狭くなっていました。インドの特許はまだ審査中です。
取消し手続きの最中の特許の補正を許可または拒絶する登録官の裁量権は、シンガポール特許法(SPA)第83(1)条に基づいています。また、その裁量権は、補正の申請を拒絶することを「独占権の濫用から国民を保護することの希求」、「補正を行わなかったことによって特許権者が不正利益を得ることを確実に阻止することの希求」および「実際の利益はなくとも、不当な行為の代償として特許権者を処罰することの希求」であるとする、英国のKimberly-Clark Worldwide Inc [2000] FSR 235の判例を引用した、シンガポール控訴裁判所のWarner-Lambert Company LLC v Novartis (Singapore) Pte Ltd [2017] 2 SLR 707 (以後“Warner Lambert CA”)の判決の論拠にも基づいています。
Warner Lambert CAにて述べられている、特許付与後の補正に関する裁量権行使において考慮される要素は、以下の通りです:
- 特許権者が補正に関して全ての関連情報を開示しているか;
- 補正が法定要件に従って許可されているか;
- 特許権者が補正の申請を遅延させたか(そうであれば、その遅延に合理的な根拠があったか);
- 特許権者が特許から不正利益を得ようとしたか;そして
- 特許権者の行為が特許の補正を妨げるか。
登録官は、特許権者は全ての関連情報を開示しており、補正は法定要件を満足していると認定しました。
「不当な遅延」に関して登録官は、日本での3度目の無効審判に対する上訴の棄却から788特許の補正の申請までほぼ1年、そしてシンガポールの取消し手続きの開始からほぼ6ヶ月の期間があったことを指摘しました。英国特許裁判所はInstance v CCL Label Inc. [2002] FSR 27(以後“Instance”)において、補正案を作成するには2ヶ月あれば十分であるため、1年の遅延は不当な遅延に相当すると認定しました。登録官は、日本での3度目の無効審判終了時期に着目しただけでなく、788特許のライセンシングおよび販売のためにKeppel Shipyard Ltd(以下“Keppel”)およびSembcorp Marine Ltd(以下“Sembcorp”)と交渉を行った特許権者の収益化行為にも注目しました。特許権者による788特許の補正の遅延は、特許権者の収益化行為に基づいた不当なものとする認定において、登録官は次のように述べています:
〔特許権者が〕KeppelおよびSembcorpと788特許の販売またはライセンシングについて協議を行っていたということから、特許権者は特許付与によって与えられた独占権について認識しており、また、証拠に示される通り、彼らは日本での手続きの結果としてのこれら権利に制限があることについても認識していたのは明らかである。しかし、彼らは未補正の特許に基づく交渉を試み続け、788特許の有効性に異議が申し立てられるまではいかなる補正も行おうとしなかった。特許権者は、未補正の特許に基づいて商業的な先駆を追求することに時間と労力を費やすことはできたが、同時に、日本における3度目の無効審判後に788〔特許〕の補正を行うための資力を、過度の遅れなしに費やすことがなかった(むしろ、しなかった)。
「不正利益」に関して登録官は、「補正申請の不当な遅延は、HitachiがKeppelおよびSembcorpと協議を行ったことにより悪化した」と認定しました。特許権者は、788特許のライセンシングまたは販売に関して788特許の未補正特許クレームに基づいてKeppelおよびSembcorpと収益化の話し合いを行い、その際に未補正のクレームを示すパンフレットを提供した上で、日本での手続きはすべて特許権者に有利になるよう終結したと報告しました。しかし、そのパンフレットおよび話し合いにおいて、特許権者は日本での手続きが成功した唯一の理由が特許権利の範囲が大幅に狭められたこと、また日本での手続き終了後788特許の補正が必要になるであろうことには言及しませんでした。これにより登録官は、「補正申請の不当な遅延は、KeppelおよびSembcorpとの協議における〔特許権者の〕行動によって悪化した」と認定しました。より具体的に言うと、登録官は、3度目の日本の無効審判における最終裁定を「〔特許権者の〕3連続の損失なしの勝利」とする陳述が「文脈において紛らわしい」と評定しました。
これらの要因により、登録官は、特許権者がKeppelおよびSembcorpとの取引において合理的に行動しておらず、788特許の補正を行う際の不当な遅延と併せて特許権者の行為は補正の許可を却下する十分な根拠と認定されると結論付けました。
この記事は、Managing IPで最初に公開されました。
この記事は最初に2019年4月17日に英語で公開されました
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