この記事は最初に2025年3月3日に英語で公開されました
「机上の」、「推測の」、「架空の」または「仮定の」例とも称されることがある、机上の実施例は、特許明細書に含まれることがある実施例であり、まだ行われていない実験を描写します。特許出願人が事情の実施例の使用を検討するにはいくつかの理由があります。
実際に行われた作業または実験結果が実際に得られたことを描写する実施例とは異なり、机上の実施例では、予測される結果またはシミュレートされた結果(すなわち、インシリコまたは他のモデル化されたデータ)を描写する場合があります。
学術界およびほとんどの状況では、データを作り出すことは、不正またはミスリードであると考えられており、一般的には好ましいことではありません。しかしながら、特許出願では測定されたデータ以外にも予測のデータを提供することが(そのことが明確に明記されているという条件で)何ら問題となりません。そして、そのような例を含めることには、多種の正当な理由が存在する場合があります。そうは言っても、いくつかの重要な注意事項があります。 そのような机上の実施例は、特許出願人が、発明と称されるものに実際に辿り着いたことを実証するうえで重要であり、クレームの範囲を裏付ける(または、異議申立もしくは訴訟において守る)ためにも重要となり得ます。特に、合理的に論じられかつ適切に提示された机上の実施例は、特許明細書において、新しいアイデアが他の用途にも首尾よく機能するだろうといういくつかの妥当な科学的根拠がある場合、その適用可能性を推定するために利用することができます。その結果、その新しい用途に対して正当に特許クレームを作成することができます。
なぜ、特許明細書に机上の実施例を含めるのでしょうか。
特許明細書には通常、発明を実施する方法の一例、または複数の例が記載されます。しかしながら、特許が出願される時点では(新規性および進歩性の観点から、なるべく早期の優先日を確保することが必要不可欠であることを検討したうえで)これらの例が、実験室において実際に行われていなかったり、実施されていなかったりという場合があります。
これにはいくつかの理由があり得ます。例えば、急速に進化する技術分野での新技術について特許出願を急ぐ必要がある場合の時間が不足などがあります。他の理由としては、実験室での作業に必要となる出費が膨大になるため現実的ではない場合や、必要となる実験の数を妥当な期間内で行うことが実質的に不可能である場合があります。
特許出願において、実施例の記載は厳密には必須ではありませんが、オーストラリアおよび他の法域において、実施例は有効な特許の記載要件を満たすために役立ちます。オーストラリアでは、これらの明細書記載要件は1990年特許法(Cth)の第40条に規定されており、発明を十分に明確であり、かつ完全に記載する義務(クレーム範囲全体にわたる充足性)、特許請求の範囲のサポート要件、および特許を実施する最良の方法を特許出願人が知る範囲内で開示する要件を含みます。
オーストラリアの法律の下では、特許請求される発明は、「当業者によってその発明が実施されるために十分に明確であり、かつ十分に完全に」記載されなければなりません(「充足性」要件)。この要件は、当業者が過度な負担またはさらなる発明の必要性無しに、(各クレームの範囲内にある実施形態だけでなく)クレームの範囲全体にわたって、発明を実施するために十分な情報を提供することを求めています。
理想的には、クレームの範囲全体にわたって発明が実施可能であることを示すために、特許出願人は多くの実施例を実際に行うことが望ましいのですが、現実的にはそれが難しいことがあります。そのため、発明をどのように実施するのか(有効性をどのように測定または観察するのかなどを含む)を記載した机上の実施例(まだ実施されていない)または予測的な実施例を創造する必要が生じることがあります。
したがって、机上の実施例を提供することにより、クレームの範囲全体にわたって発明をどのように実施するのかを当業者に対して明確に開示することができ、充足性を満たすのに役立つ場合があります。
どのような場合に、特許明細書に仮説例を含めるのか
机上の実施例が有効に用いられる状況としては、特許出願人が新規で独創的な材料を開発し、その新規材料が既知のプロセスによる先行技術の材料と同じまたは同様に機能することが科学的にもっともらしいと考えられる場合が挙げられます。この状況では、その新規材料が先行技術のプロセスで使用できるであろうという机上の実施例を示すだけで十分となることがあります。特に、なぜその新規材料がその用途に適しているのかという理由付けが添えられていれば、説得力が増します。
同様に、出願人が先行技術よりも一定程度有利になる新しい概念を考案し、方法の各個別ステップを行えば結果が予測可能である場合、机上の実施例が用いられることがあります。この場合、これらのステップの新規の組み合わせ(特に、ある特定の順序または様式で行われる場合)に関して、発明となる場合があります。この状況では、特定の順序や様式でステップを組み合わせることにより、新しい効果が生まれる可能性が科学的に十分に考えられる場合には、机上の実施例で足りる可能性があります。
一方で、机上の実施例は実際の試験結果の代用となる実施例とは区別されることがあります。例えば医薬の分野では、その発明物が実際にヒトへの医薬品として効果を持つ可能性が高いことを実証するデータまたは情報が求められます。その場合多くは動物実験または少なくともインビトロでの試験結果が示され、通常発明やクレームの内容に応じて、それらが実施可能性を提供するのに十分となります。
重要なことに、オーストラリアは、治療方法に関する特許クレームを許容しており、特許明細書には、臨床試験のプロトコルを記載した机上の実施例が記載されることがあります。この場合、実際の試験結果が得られる前に出願が行われるため、試験結果は限定的、あるいは全く記載が無い場合があります。そのような机上の実施例を含めることは、一般的に充足性要件を満たすことに役立ちますが、臨床試験のプロトコルやその他関連文書の公開を考慮するなど、注意が必要になります(オーストラリアおよび米国などのいくつかの他の法域で関連する「新規性喪失の例外(grace period)」を含む)。
机上の実施例の使用(または不使用)により影響を受ける可能性がある明細書の記載要件は他にも「サポート(support)」があります。これによりオーストラリアでは現在、明細書に開示されている技術的貢献を超える範囲を有する特許クレームは禁止されています。そのため、発明の科学的な原理が、クレームの文言にあるように幅広い用途(異なる製品や条件など)に合理的に適用できると説明できる机上の実施例は、審査官や今後の異議申立・裁判においてクレームが十分にサポートされていると認めさせるうえで、非常に重要となります。
さらに、机上の実施例はオーストラリア特有の「最良の実施方法(best method)」開示義務を満たすためにも欠かせません。この義務によると特許出願人はオーストラリアの出願日(しばしば、PCT出願日)時点で、発明を実施するために最も良い方法を特許明細書に開示する必要があります。過去十年間において特許取り消しの強力な理由となっており、現在では審査段階での拒絶理由としても上がってくるようになってきました。
クレームされる製品の製造方法、またはクレームされるプロセスの実施方法がオーストラリア/PCT出願日前に着想されている場合、それの開示を控えるのではなく、むしろ特許明細書に含めるべきです。複数の代替方法が着想されている場合も、後になって「その中の一つが最良の方法だった」と取り消し手続きで争われる可能性がある(「最良の方法」の基準は、各特許で違い、出願および審査経過時に予想することは難しい場合がある)ため、すべて記載しておく方が安全です オーストラリア/PCT出願日の時点で、着想および実施された方法によって得られた実権結果または測定値がある場合、それらの結果や測定値も特許明細書に実施例として含めるべきです。しかしながら、結果および測定値がまだ得られていない場合、「最良の方法」要件に可能な限り対処するために、机上の実施例を含めることが依然として重要になります。
机上の実施例の使用に対して制限はありますか。
いくつかの法域では、予測される実験結果を記載する場合の机上の実施例と、実際の実験結果を報告する場合の実施例とを明確に区別して特許明細書に記載すること明示的に求めています。
2021年7月に、USPTOは、このトピックスに関し通知を公表し、机上の実施例は過去形を使用して記載してはならず、その代わりに未来形または現在形で記載すべきとしました。この明細書作成の方法により、読み手が実際の実施例と机上の実施例とを区別することに役立つとしました。
USPTOの通知はまた、「実際には、実験が行われていない、または結果が得られていないにもかかわらず、特許出願において、ある結果が「得られた」または実験が「行われた」と故意に主張することは、詐欺的である...実際の実施例と机上の実施説例を明確に...【区別することで】...出願人の開示義務に関する問題が生じることを回避することができる」と強調しています。
オーストラリアでは特許権付与後でも、詐欺、虚偽の示唆またはミスリードにより特許が取得された場合は取消の理由になります。したがって、机上の実施例を記載する際には正当な理由となる予想を伴って正しく理由付けされている場合に限定することが重要です。発明の有効性または先行技術に対する改善を、根拠なく誇張したり過大に見積もったりすると、特許全体の有効性を脅かす可能性があります。
机上の実施例の使用から生じる問題点
特許審査の過程で、審査官が机上の実施例に異議を唱えた場合、出願人は出願後に実際に行った実験例を提示して、その机上の実施例が正しいことを裏付けることができます。さらに、再現性を実証するために一連の実際の実験結果を提示することが有用になる場合があります。あるいは、予測結果が得られる科学的根拠が妥当であることを示すために、適切な資格を持つ専門家による意見書や宣誓書を提出することも可能です。
前述の通り、連邦裁判所における特許査定後の取消手続において、許容できない机上の実施例を理由に、第三者が「虚偽の示唆」を主張し特許の有効性に異議を申し立てる可能性があります。そのような手続では、申立人が詐欺、虚偽の示唆またはミスリードがあったこと、およびそれが特許査定において重要であったことを立証する責任を負うことになります。
審査中に明細書または先行技術に基づく拒絶理由に対する応答として、机上の実施例に言及したり、またはそれを導入したりする場合、申立人は何とかしてこれらの仮説例が不適切またはミスリードであったことを立証しようとしたり、特許出願人がその事実を当時すでに知っていたことを立証しようとしたりすることがあります。
申立人は、机上の実施例の認識に関連する文書について、特許出願人に開示請求を行う可能性があます。その結果、特許出願人が特許の準備中に受けた助言について秘匿特権を主張するか否かに関して難しい判断を迫ることになり、これはより一般的に費用や複雑さを伴います。したがって、一般的には、机上の実施例を裏付ける合理的、妥当なまたは信頼できる科学的根拠が存在することが非常に望ましいです。
別の複雑さとして、過度に情報を開示することにより特許出願人が後に机上的ではない特許を取得することを妨げるような先行技術を作り出してしまう場合がある、ということが挙げられます。
さらに検討を要する別の要因としては、該当する技術分野での予測性の程度があります。一般的に、機械工学および電気工学は予測可能であるとされる傾向がありますが、化学および生物学は、予測不可能とされる傾向があります。したがって、机上の実施例の使用は、予測性の程度に従って調整されるべきであり、予想不可能な分野では実際の実施例を提示することが非常に重要になります。加えて、単に望ましい結果を言及するだけの実施例は、机上の実施例としては不十分である可能性が高くなります。
特許出願人への助言
机上の実施例は、特許出願人が、時間と費用のかかる実験を行う必要なく、広範囲のクレームに対して、明確で十分な開示を提供することを可能にします。これらはまた、オーストラリアにおいて、「最良の方法」に関する要件を満たす上で極めて重要なものになり得ます。しかしながら、特に予想データまたは分析が含まれる場合には、理由付けされ、かつ正当化できる仮説例のみを含めるように常に注意が必要となります。
特許出願人への実務的な助言という観点では、発明の技術的効果の予測不可能性を検討することが有用となるでしょう。効果の予測不可能性が大きいほど、その技術的効果に関するクレームを裏付けるために、実際の実験データ/情報がより多く求められるようになります。
したがって、予測不可能性がより大きい場合、特許出願人は一般的に机上の実施例への依拠を減らすべきであると同時に、特許出願人が把握している発明を実施するための最良の方法のいかなる態様も秘匿しない方がよいでしょう。特に、発明の技術的効果/利点を裏付ける妥当な技術的説明または理論が存在し、机上の実施例への合理的な外挿や一般化ができる場合、机上の実施例は一般的に問題なく許容されます。
特許出願人は、明細書に含める実施例について、出願前に注意深く確認し、ミスリードがないこと、合理的な科学的根拠があること、および再現性があることを見直した方がよいでしょう。
出願手続の早い段階で弁理士に相談することにより、これらの複雑かつ入り組んだ留意事項の全てを検討し、それぞれの発明に対して可能な限り広範囲で最も効果的な特許保護を実現できるようになるでしょう。
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