データが特許出願のために利用可能となるのはいつですか?

この記事は最初に2025年2月5日に英語で公開されました

研究者、大学およびスタートアップにとって、データが特許出願のために十分となるのはいつかを決定することは困難なことがあります。特許規定は、特に生命科学の分野において、進化し続け、その基準は学術論文に必要なものとは大きく異なります。

強力なIP保護を確保するためにはこれらの違いを理解することが肝要です。この記事では種々の特許クレームタイプに必要なデータの種類を探り、特許においてデータがどのように評価されるかを学術雑誌と対比して重要な違いを浮き彫りにします。

事例研究 遺伝子治療

遺伝子治療の分野は急速に拡大中であり、癌などの疾患を治療するための新しい戦略を提供しつつあります。一般的に、癌遺伝子療法は特定の組織に遺伝子カーゴを送達し、そこで次に問題の遺伝子の発現が上方または下方のどちらかで調節されることを含み、究極の目的は癌の処置のための治療的干渉を提供することです。癌遺伝子治療のために裸の核酸治療、マイクロRNA治療、腫瘍溶解ウイルス治療、自殺遺伝子型治療、細胞媒介遺伝子治療およびCRISPR/Cas型治療を含むいくつかの手法が開発されています。

当然、この分野は多数の利用可能かつ商業的に価値のある特許を産み出しています。

特許性がある癌遺伝子治療には多くの場合、以下を含む複数の側面があります。

  • 特定の治療用化合物
  • その化合物を使用して癌を治療する方法
  • その化合物を組織区域に送達する上で効力を有する送達システム
  • その化合物を製造する方法、および
  • その化合物を含む医薬品組成物

特許出願とは異なり、学術的なデータは典型的には商業利用を考慮せずに生成されます。代わりに、科学的な妥当性を立証することとデータの正確さとに焦点が合わされます。いくらかのクロスオーバーはありますが、一般に、特許性を確保できる癌遺伝子治療にとって十分なデータを有するということは特許権を得る過程において見られ方がまったく異なります。

クレームされたいかなる発明も新規性と進歩性との両方を有するという、別稿で考察している要件(たとえば進歩性に関する下記記事をご覧ください)はさておき、クレームの最終的な範囲、さらには利害関係者にとってその特許の商業的な価値を決定する上で顕著な役割を演じる重要な法的根拠があります。関連する法的根拠は十分性およびサポートと呼ばれ、特許出願中の開示およびデータとその発明を定義するクレームの範囲との比較を必要とします。

十分性およびサポート

オーストラリアにおいて、クレームが実施可能とされ、サポートされているとみなされるためには以下の二つのそれぞれの要件が満たされなければなりません。

  1. 明細書はその発明が関連分野における知識を有する者によって実施されるのに十分に明確であり、かつ十分に完結している方法で発明を開示しなければならず、[1]かつ
  2. 特許クレームが明細書によってサポートされていなければなりません。[2]

第一の要件に関して、この評価は、その発明をクレームの範囲全体にわたって実施できることが理に適うかどうか、およびクレームされた発明の範囲全体を当業者が実施するために過剰な負担があるかどうか考察することを含みます。[3]第二の『サポート』要件に関して適切な質問は、明細書中に記載されたクレームの範囲が発明者によってなされた技術的貢献を越えて及ぶかどうかです。[4]

以下の仮定クレームを使用してこれをさらに説明することができます。

仮定クレーム1

癌を治療する方法であって、遺伝子Xの発現を調節することができる組成物の治療的に有効な量を被験者に投与することを含む方法。

このクレームは、あらゆる癌の治療を目的とし、したがってこの特許出願はこの組成物を用いるとすべての癌が一貫性を持って治療出来ることを実証するデータを含む必要があります。したがって弊所では、特許出願においてできるだけ広い保護を提供するために研究段階で治療薬候補を試験する過程で癌のいくつかの異なる形態(たとえば結直腸、乳、メラノーマ等)の治療を調査することを推奨します。典型的に、これはさまざまな癌細胞系統に対する効力を試験することによって実現することができ、必ずしも生体内データを必要としません。あるいは、治療標的が複数の異なる癌において調節不全となることが知られている場合、これがクレームがあらゆる癌の治療において一貫性を持つことを裏付け得ます。

このクレームの範囲の広さに関するもう一つの問題はそれがCRISPR-Cas構成要素、miRNA、siRNA、lincRNA等を含む遺伝子Xの発現を調節することができるあらゆる組成物を包含することです。しかし、典型的に特許出願人は出願においてこれらのうちの一つだけ(たとえばCRISPR-Cas型調節)しか例として挙げていません。さらに、所定のCRIPSR型技術の一つまたは二つのsgRNA配列の例示がある場合、クレームをだいたいいつもこの範囲に限定することが必要になります。

弊所の経験では、より広いクレーム範囲が望ましい場合、出願人は遺伝子Xの発現を標的とする際に複数の異なるモーダリティー―たとえばsgRNA、miRNAおよびsiRNA―が有用であることを実験的に検証する必要があります。さらに、所定のクラスのモジュレーターに関するクレームを取得するには一般的技術原理、たとえば必要な機能を付与する共通配列または構造関係が必要となります。

仮定クレーム2

癌を治療するための医薬品組成物であって、SEQ ID NO:1に対して少なくとも70%の配列同一性を有する核酸配列を含む組成物。

このクレームは明細書に開示されている配列への参照によって組成物を定義していますが、配列中のヌクレオチドにおける変異を許容しています。この変異は、侵害を逃れる目的で少数のヌクレオチドを変える意図を有することがある潜在的侵害者を捕捉するため、特許権者にとって望ましいものです。

したがって、100%の配列同一性を有する核酸でクレームへの許可を得ることは、商業的な価値が限定されると考えることができます。しかし、上記に挙げた70%配列変異で許可を得るためには、明細書において癌を治療する際に依然として効力を示し、SEQ ID NO:1に対してさまざまなレベルの配列同一性を有する(すなわちわずか70%の同一性しか有しない)配列の実施例を提供する必要があります。

実験的な検証がない場合、開示された実験において使用された配列と一致する配列同一性の度合いを挙げることが多くの場合に必要です。多くの事例において、正確な同一性へのクレームだけが許可されることになります。

クレーム2についての上記考察に加えて、組成物には挙げられた核酸配列を「含む」ことを強調する価値があります。この文言は、多くの法管轄区域(オーストラリアおよびニュージーランドを含む)において挙げられた核酸配列を含むと解釈されますが、さらなるヌクレオチドの追加を限定しません。

これは多くの場合戦略的な判断によるもので、明細書を作成する際に実施例において使用される核酸配列の全体をSEQ ID NO:1に記載しない場合に使用されます。たとえば裸のmRNA治療の場合、SEQ ID NO:1は5’または3’UTR配列のないmRNA配列のコード配列を定義することがあります。しかし、mRNA治療の効力にとってUTR配列が特に重要である場合、効力のある癌治療を提供するためにSEQ ID NO:1とともに種々のUTR配列を使用できることが明細書にて実証されていない限り、サポート不足の拒絶が提起され得ます。

言い換えますと、機能効果に不可欠である核酸の特徴がクレームにおいて定義される必要があります。

仮定クレーム3

SEQ ID NO:1によって表される核酸配列を含むウイルスベクター。

このクレームは、核酸遺伝子治療を含むあらゆるウイルスベクターを対象とします。この範囲のクレームが許可されるためには、明細書は癌の治療において遺伝子カーゴを効果的に送達する種々のウイルスベクターの例(たとえばアデノウイルス、アデノ随伴ウイルスおよびレンチウイルス)を提供する必要があります。

上記のように、種々のウイルスベクターの試験は生体内動物実験を行う必要はなく、適当な生体外細胞モデルを使用して実現され得ます。特定のウイルス血清型が特定の癌サブタイプを治療する際に重要なことがある点を考慮することにも価値があります。たとえばその細胞タイプを標的とする特別な効力(すなわち組織親和性)があるために、その癌を効果的に治療するために重要であることがあります。

この場合、上記で概要が示されたウイルスベクターの範囲を示すデータと、他の血清型が同じ機能効果、たとえば組織親和性を保持することと、を明細書が開示しない限り、クレームを特定の血清型を有する特定のウイルスベクターに限定する必要性が可能性が高くなります。

早期の支援を

研究の商業的可能性を最大限に引き出すためには、特許によるサポート及び十分性要件の注意深い考察をすることから始まります。その過程において弁理士と早期に携わることで、実験計画が特許規定と一致することを確実にし、技術の商業的実現性を促進する強力な広いクレームを確保する最善の機会をもたらします。

これらの決定を辿って行く場合、弊所チームはイノベーションの価値を最大限に保護するお手伝いをするため、目的に合わせた指針をご提供できます。研究・IP戦略を話し合うために弊所にご連絡ください。


[1] 1990年特許法(C部)第40条(2)(a)。

[2] 1990年特許法(C部)第40条(3)。

[3] 説明用覚書、知的所有権法修正(レイジングザバー)法2011年(C部)46~7;ツールジェン社(ToolGen Incorporated)対フィッシャー(Fisher)(No 2)[2023年]FCA 794[400]。

[4] ベーリンガー・インゲルハイム・アニマル・ヘルス・USA社(Boehringer Ingelheim Animal Health USA Inc)対ゾエティス・サービセズ社(Zoetis Services LLC)[2023]FCA 1119[535]。


弊所では一般的なお問い合わせや見積もりの際にご利用いただける日本語担当窓口を用意致しております。

日本語のお問い合わせを直接 JapaneseDesk@spruson.com 宛にお送りください。技術系のバックグラウンドを持つ日本語窓口担当者が迅速にお返事致します。

出願のご指示等につきましては、通常のメールアドレスに英語でお送りいただけると幸いです。

Back to Articles

Contact our Expert Team

Contact Us